日記



拡散しよう。朝鮮人の正体、朝鮮進駐軍

ミコスマと云うサイトで詳しく紹介されていますので転載します。
朝鮮人って羞恥心の無い盗賊民族だって聞いていたけど、まさに鬼畜、外道民族。さすがファビョン、ウラビョン。
こんな民族、神様がよく許しておきますよ。信じられん!


ミコスマはこちらです。クリックして下さい。 朝鮮人の正体、朝鮮進駐軍

民主党の正体だな!!テレビで放送しろよ!放送法違反だと思うけど・・



在日特権を許さない市民の会
左翼デモ「韓国強制併合100年パレード」徹底抗議【神楽花 手毬】



差別利権三点セットって??




北海道から新鮮な海の幸を送料無料でお届けします
| 日記 |

朝鮮人議員と日教組が公開中止にさせた映画

 今、わかっているこの国の帰化朝鮮人の国会議員は少なくとも96人といわれている。
 マスコミは言うに及ばず大学には朝鮮人の教授があふれ、高等学校や地方自治体にも職員として多数採用されている。  
 今、世界有数の歴史を持つ日本の主権が国籍法、外国人参政権、地方自治によって脅かされている。
 日本の周りは敵だらけ!!2600年の独立国家の歴史に幕を閉じ、このまま日本は隷属国家に成り果てるのか??

 泉水隆一監督が平成二十二年七月十五日にご逝去されました。
 謹んでご冥福をお祈り致します。



















北海道から新鮮な海の幸を送料無料でお届けします
| 日記 |

先帝、昭和天皇陛下の詔勅・玉音放送です。

 チャンネル桜でもアップしていましたが、こちらの映像がとてもよく当時の日本を象徴していると思います。
 先帝、昭和天皇陛下の詔勅・玉音放送です。先帝陛下の苦悩がよく感じ取れる映像と放送であります。 
 ここに写っている人々は、3月の未曾有の震災と対峙する現在日本国民とよく似ているような気がします。
 戦争には負けてしまってアメリカにいいなりの国だけど、日本人の自分が見てもこの姿、この凜-とした国民性には感動してしまいます。天皇陛下万歳、皇国臣民万歳、すばらしきかな日本!!




愛国行進曲を久しぶりに聴いてみました。
 何度聴いても感激してしまうとってもいい歌です。日本人で本当によかった。
 朝鮮人が歌ってる日本の演歌よりずっといいでしょ。
 日本の嫌いな恥知らずコミンテルンども、特定アジアの盗賊民族どもを駆逐するためにもこの歌は第二国歌にするべきです。
昭和18年ですから山本五十六海軍大将が戦死され学徒出陣が始まった年です。古川ロッパが出ています。
 藤原歌劇団のマドンナ、瀧田菊江さんも出ています。やっぱり歌は抜群ですね。




 歌詞を覚えたい方はこちらをどうぞ



 今、第二国歌は海ゆかばだけっだかな?
 ですからみんなで歌って海ゆかばと共に国会で第二国歌として制定させましょう。
 日本人になりすまし、街宣車に乗って街宣活動をする朝鮮人、日本が嫌いな国賊売国議員、コミンテルンを駆逐して戦前のように誇れる日本になるために・・・ 北海道から新鮮な海の幸を送料無料でお届けします
| 日記 |

東條英機元首相の遺言

 石原さんは嫌いじゃないんですけど、東條閣下のこと随分のいいようだったけど・・、石原さんでも東條閣下のこれだけの度量を見せることは絶対にできないね。
 だって石原さん三国人発言でチャンコロに侘び入れたでしょ?言い訳して!
 言い訳なんかしないよ当時の日本人は!サムライだから。
 口だけだったら朝鮮人でもできるんだよ。
 石原さんだったらこの国分断されているんじゃないかな。

石原慎太郎がやらなければならないことは、東電を潰し、東京中のパチ屋を潰し、ペクチョン議員にもの申し、新宿からペクチョン朝鮮を追放し、池袋から盗賊シナ人を国外退去させること。
口だけなら管や仙石に負けちゃうよ。




 当時、日本国中が、鬼畜米英と開戦やむなし!という壮気に沸きかえる中、昭和天皇から、『その壮気を抑えれるのは東條しかいない』と言われて総理の任命を受けたというのは、有名な話です。
 それは、【小倉庫次侍従日記】昭和天皇戦時下の肉声「文藝春秋」2007/4の中に『大東亜戦争の初る前は心配であった。近衛のときには、何も準備が出来ていないのに戦争に持って行きそうで心配した。東條になってから、十分準備ができた。』と先帝陛下も全幅の信頼を寄せている。

その東条閣下の遺言状です。

 この遺言書を読んでみると50年先、100年先の日本を見ていますね。ここまで先の時代を読むことができた人は当時少なからずいたと思いますけど、それまでの日本の教育が、より優れていた証拠ですね。
 東条閣下の遺言は、故意に文脈を変更したり、ある部分だけを抽出して掲載してあるものがあるのですが、これは、東条閣下の直筆といわれる遺書の文章を掲載しています。

 その前に東條閣下のお孫さん、東條由布子氏の日本外国特派員協会での記者会見をUPしたものが見つかりましたので掲載します。







 以下、遺言
 
開戦当時の責任者として敗戦のあとをみると、実に断腸の思いがする。 
 今回の刑死は、個人的には慰められておるが、国内的の自らの責任は、死をもって贖(あがな)えるものではない。
 しかし国際的の犯罪としては、無罪を主張した。いまも同感である。
  ただ力の前に屈服した。 
 自分としては国民に対する責任を負って、満足して刑場に行く。 
 ただこれにつき、同僚に責任を及ぼしたこと、また下級者にまでも刑が及んだことは実に残念である。
 
 天皇陛下に対し、また国民に対しても申し訳ないことで、深く謝罪する。
 元来、日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志により行動すべきものであったが、一部過ち犯し、世界の誤解を受けたのは遺憾であった。
 このたびの戦争に従軍して斃れた人、およびこれらの人々の遺家族に対しては、実に相済まぬと思っている。心から陳謝する。
  
 今回の裁判の是非に関しては、もとより歴史の批判に待つ。 
 もしこれが永久平和のためということであったら、も少し大きな態度で事に臨まなければならぬのではないか。 
 この裁判は、結局は政治裁判に終わった。
 勝者の裁判たる性質を脱却せぬ。
 天皇陛下の御地位および陛下の御存在は、動かすべからざるものである。
 天皇存在の形式については、あえて言わぬ。

 存在そのものが絶対に必要なのである。
 それは私だけでなく多くの者は同感と思う。
 空間や地面のごとき大きな恩は、忘れられぬものである。
 東亜の諸民族は今回のことを忘れて、将来相協力すべきものである。
 東亜民族もまた他の民族と同様、この天地に生きる権利を有つべきものであって、その有色たることを、むしろ神の恵みとしている。

 インドの判事には、尊敬の念を禁じ得ない。
 これをもって東亜民族の誇りと感じた。
 今回の戦争によりて東亜民族の生存の権利が了解せられ始めたのであったら、幸である。
 列国も排他的の感情を忘れて、共栄の心持をもって進むべきである。
 現在の日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、どうか日本の米人に対する心持ちを離れしめざるように願いたい。

 また、日本人が赤化しないように頼む。
 東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされなければならぬ。
 実は東亜の多民族の協力を得ることができなかったことが、今回の敗戦の原因であると考えている。
 今後、日本は米国の保護の下に生活していくのであらうが、極東の大勢はどうであらうか。
 終戦後わずか3年にして、亜細亜大陸赤化の形勢は斯くの如くである。
 今後のことを考えれば、実に憂慮にたえぬ。
 もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上ないではないか。
 今、日本は米国よりの食糧の供給その他の援助につき感謝している。
 しかし一般が、もし自己に直接なる生活の困難やインフレや、食糧の不足等が、米軍が日本に在るがためなりというような感想をもつようになったならば、それは危険である。

 実際は、かかる宣伝をなしつつある者があるのである。
 よって米軍が、日本人の心を失わぬよう希望する。
 今次戦争の指導者たる米英側の指導者は、大きな失敗を犯した。
 第一は、日本といふ赤化の防壁を破壊し去ったことである。
 第二は、満州を赤化の根拠地たらしめた。
 第三は、朝鮮を二分して東亜紛糾の因たらしめた。
 米英の指導者は、これを救済する責任を負うて居る。

 従ってトルーマン大統領が再選せられたことは、この点に関して有り難いと思ふ。
 日本は米国の指導に基づき、武力を全面的に抛棄(ほうき)した。これは賢明であったと思う。
 しかし、世界全国家が、全面的に武装を排除するならばよい。
 然(しか)らざれば、盗人がばっこする形となる。泥棒がまだいるのに警察をやめるやうなものである。
 私は、戦争を根絶するには欲心を取り払わねばならぬと思う。

 現に世界各国は、いずれも自国の存在や自衛権の確保を主としている。これはお互いに欲心を抛棄(ほうき)して居らぬ証拠である。
 国家から欲心を除くということは、不可能のことである。
 されば世界より今後も戦争を除くということは不可能のことである。
 これでは結局は人類の自滅に陥るのであるかも判らぬが、事実はこの通りである。それゆえ第3次世界大戦は避けることができない。

 第3次世界大戦に於いて主なる立場に立つものは、米国およびソ連である。
 日本とドイツというものが取り去られてしまった。
 それがため米国とソ連というものが直接に接触することとなった。
 米・ソ2国の思想上の相違はやむを得ぬ。

 この見地からみても、第3次世界大戦は避けることはできぬ。
 第3次世界大戦において極東、日本と支那と朝鮮が、その戦場となる。
 この時にあって、米国は武力なき日本を守の策を立てなければならぬ。

 これは当然米国の責任である。
 日本を属領と考えるのであったならば、また何をかいわんや。
 そうでなしとすれば、米国は何等かの考えがなければならぬ。

 米国は、日本人8千万国民の生きて行ける道を考えてくれねばならない。
 およそ生物として、自ら生きる生命は、神の恵みである。産児制限の如きは神意に反するもので、行うべきでない。
 なお言いたきことは、公・教職追放や戦犯容疑者の逮捕の件である。
 いまは既に、戦後3年を経過しているのではないか。
 従ってこれは速やかに止めてほしい。

 日本国民が正業に安心して就くよう、米国は寛容な気持ちをもってもらいたい。
 我々の処刑をもって一段落として、戦死病者、戦災死者、ソ連抑留者の遺家族を慰安すること。<
 戦死者、戦災死者の霊は、遺族の申出あらば、これを靖国神社に合祀せられたし。
 出征地に在る戦死者の墓には保護を与えられたし。
 従って遺族の希望申出あらば、これを内地へ返還されたし。
 戦犯者の家族には保護を与えられたし。

 青少年男女の教育は注意を要する。将来大事なことである。
 近時、いかがわしき風潮あるは、占領軍の影響からきているものが少なくない。
 この点については、我国の古来の美風を保つことが大切である。
 今回の処刑を機として、敵・味方・中立国の国民罹災者の一大追悼慰安会を行われたし。
 世界平和の精神的礎石としたいのである。

 もちろん、日本軍人の一部の間に間違いを犯した者はあらう。
 これらについては衷心謝罪する。
 これと同時に無差別爆撃の投下による悲惨な結果については、米軍側も大いに同情し憐憫して悔悟あるべきである。

 最後に、最後に軍事的問題について一言する。
 我国従来の統帥権独立の思想は確かに間違っている。
 あれでは陸海軍一本の行動は採れない。
 兵役制については徴兵制によるか、傭兵制によるかは考えなければならない。
 我が国民性に鑑みて、再建軍の際に考慮すべし。
 再建軍隊の教育は、精神教育を採らなければならぬ。
 忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任観念のないことは淋しさを感じた。
 この点については、大いに米国に学ぶべきである。

 学校教育は従前の質朴剛健のみでは足らぬ。
 人として完成を図る教育が大切だ。
 いいかえれば宗教教育である。
 欧米の風俗を知らすことも必要である。
 俘虜のことについては、研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。 北海道から新鮮な海の幸を送料無料でお届けします
| 日記 |

知っておいてね朝鮮人従軍慰安婦

 韓流ファンのみなさまへ・・朝鮮人だからできること
 
従軍慰安婦の証明って言って韓国大統領府がHPに載せていた記事が削除されていました。
 あんまりバッシングされるんでよっぽど都合悪くなったんだね。
 以下の写真がHPに掲載されていた写真です。普通に考えればこんなもん載せないでしょ??やっぱり頭にきたら何するかわからんね、シナ人とウリナラは・・・。
 韓国政府が「慰安婦が強制連行された証拠」と自慢する資料です。

「慰安婦を大募集!月給300円以上!3000円まで借金が可能!」と書いてあります。日付は1944年10月27日になっています。
韓国大統領府のホームページに従軍慰安婦の証拠として掲載されていた資料。こんなもん自分らで掲載しちゃってアホか!さすがファビョン民族ウリナラ!!
 
tumblr_kyuhesRHHY1qaxg0wo1_1280.jpg

当時警察官の初任給が45円、現在の警察官の初任給は約20万円です。
物価計算をしてみると、約月給20万円÷45×300=1333200、つまり慰安婦の月給133万円は保障されていたのです。さらに借金も3,000円出来ると書いてあります。現在の金額にすると1、330万円と云うことになりますね。・・・これが朝鮮人の言う性奴隷の実態です。どう読んでも売春婦だと思いますけど・・。

ianfu3.jpg

 当時、慰安婦が月収300円以上で募集された公娼だったと云うこと。
 前金で3000円とあり、1000円が有れば一戸建てが買えたという。 右側の連絡先には 許氏と書いてある。 これを見れば慰安婦の募集に朝鮮人が積極的に関わっていた事が明らかである。だが慰安婦本人は、自分の親がブローカーに売った事を知らなかったり、敗戦によって軍票が紙屑になって報酬を得られなかった人もいたという。


 慰安婦についてちょこっと探しただけでも出るわ、出るわ、嫌になったので特に代表的な内容のものを紹介します。

 米国下院の朝鮮人得意の通名、自称日系のマイク・ホンダから慰安婦の決議案が提出されている従軍慰安婦問題が、“強制”であるかどうかが問題視されている。本当は金のために親に売られた貧しい娘と云うこと。
しかも、当時この娘たちを騙していたのが朝鮮人だったという新聞記事は結構出てきている。

 元慰安婦と名乗るイ・ヨンスが慰安婦として連れて行かれたという1944年10月頃は新聞広告で慰安婦募集の新聞広告が出されている。
 慰安婦という職業が戦地売春婦であることが一般に認知されていた事は明らかで、1945年ビルマにおいて米軍による韓国軍慰安婦20人への聞き取り調査で全員が前金を貰ってその返済の為に働いていた事が事実として残っている。
 また台湾とインドネシアの慰安所の経営者が朝鮮人だった事も明らかになっている。

chochiku.jpg

文玉珠は戦前の日本円で2万6千円の貯金を持っていたことが明らかになっている。1992年5月22日の毎日新聞に、文玉珠の預金通帳についての記事が載っている。その通帳によれば、1943年6月から1945年9月の間に12回振り込みがあり、その預金残高は2万6145円に上っている。これは今の金額にすると一億円に相当する。

つまり真実は朝鮮人のブローカーが金儲けのために女性や女性の家族たちを騙したり、無理やり連れてきたことがあり、女性や家族たちがそのことを日本軍の関与があったと誤解している事が話をややこしくしているのではないか。
5.jpg
月収比較
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・慰安婦 1000円〜2000円(アメリカ軍の調書)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・総理大臣 800円(東条英機)
・陸軍大将 550円
・曹長 32〜75円
・軍曹 23〜32円
・伍長 20円
・兵長 13,5円
・上等兵 10,5円
・一等兵 9円
・二等兵 9〜6円
・これが俸給になると思いますが、下士官や兵に関しては戦時に5割以上の増俸になるそうです。
 また、俸給とは別に戦地増俸と呼ばれる手当が支給され、これが戦中に俸給相当額以上に引上げられています。
 陸軍二等兵の俸給は月額5円50銭になっていますが戦中には20円以上が払われていたそうです。
 軍の俸給にはその他加俸や手当があったそうです。
・元慰安婦、文玉珠の2年3ヶ月の郵便貯金 26145円(現在の貨幣価値で約1億円)
 戦時中に、総理大臣より多い月収を与えるために強制連行することはありえない。

 また元海軍中佐、重村実は彼女らの前借金が4000円から5000円であったと言っている。そして彼女らはこの前借金を三カ月から半年で返し、平均的な貯蓄額は5〜6000円から一万円持っていたと言っている。 その中には三万円も持っている人も居て、皆驚いていた。
 彼女らの中には爆撃で死んだ人も居た。また前借金の返済が終わったにもかかわらず、船がなくて帰ることが出来ず、前線で亡くなった人も居る。しかし終戦と共に彼女らの大半は日本に帰った。
 
 2万6千円とは、当時では家が26件も買えた金額だそうで、これが、虐待されたと騒いでいる朝鮮人自称慰安婦の実態であり、売春は現在でも南朝鮮では年間26兆ウォン約2兆6000億円の規模であり、専業女性がおよそ26万人もいるのです。
 
 現在日本における売春婦は中国人、韓国人合わせて約50,000人と見積もられている。

 かつて吉田清治証言という決済州島で1000人の慰安婦が強制連行されたという証言を朝日新聞がさかんに引用したが、現地調査により全くのウソである事が判明し、本人もこれを認めている。朝日新聞の朝鮮人が強制連行をでっち上げ、ウソの証言を作りさらに韓国側が河野官房長官に河野談話に“強制性”強制を盛り込む様に執拗に要求していた事が判明された。
 
 吉田清治証言のウソを報じた当時の「済州新聞」(1989年8月14日付)

 日帝時代に済州島の女性を慰安婦として205名徴用していたとの記録が刊行されしかし、この本に記述されている城山浦の貝ボタン工場で15人を強制徴用したり、法環里などあちこちの村で行われた慰安婦狩りの話を裏づけ証言する人はなく、島民たちは信憑性について疑問としている。
 城山里の住民のちょん・たんさん85歳は「そんなことはなかった。250余の家しかないこの村で、15人も徴用したすれば大事件であるが、当時そんな事実はなかった」と語っている。
 郷土史学者の金奉玉氏は「83年に原本が出た時、何年かの間追跡調査し、むしろ日本人の悪徳ぶりを示す道徳性の欠けた本で、軽薄な商魂が加味されていると思われる」と憤慨した。

アメリカ議会 慰安婦調査
http://fujissss.exblog.jp/10697706/

 平成3年8月11日付け朝日新聞は、社会面トップで思い出すと今も涙「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊の戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人慰安婦のうち、一人」が名乗り出たと報じた。しかし、この女性、金学順さんは、「女子挺身隊」として連行などされていない事を、8月14日の記者会見で自ら語っている。ある韓国紙はそれを次のように報じた。

 「生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番、置屋に売られていった。
 三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」「ハンギョレ新聞」'91年8月15日付

さらに当時、慰安婦の募集を朝鮮人のボス(しかも女が多かった)が行っていた事も証言されている。

 『南京戦・閉ざされた記憶を尋ねて』より抜粋)
 南京戦当時 第16師団歩兵第38連隊第3大隊 大窪寛三氏証言(1999年取材・91歳)

『戦争中従軍慰安所をつくったのは事実ですよ。戦争というのは兵隊がたくさんいるから、悪いことをする人もたくさんいる。これ以上強姦とか悪いことはだめということで、内地から淫売商売があって、その中にボスがいて、女の子をたくさん集めて第一線に送ってくるのです。日本人もいるけど韓国の女性が多かった。韓国のボスが集団で寄せてきて、連れてくる。軍隊は次期作戦が出るまで一ヶ月か二ヶ月の時間がかかる。そこまでの駐留期間に兵隊たちは暇でしたので、その時慰安婦を連れてきて売春をやらす。つまり従軍慰安婦ですな。わしは実際韓国のボスたちにも会ったことがあります。朝鮮語を話しているのを聞きました。部隊が移動して駐留するたびに従軍慰安婦を連れてくる。犯罪を防ぐためだと思います。憲兵隊がそれを保護していましたな。』    

 慰安婦の募集に朝鮮人が積極的に関わり、売春宿の経営にっも朝鮮人が関わっていた事実。

 日本人2名の他、済州島の豊川晃吉が台湾で慰安所を経営するので渡航の許可を申請する文書である。在日朝鮮人と関わりの有る人ならすぐに分かると思うが、この手の名前は在日朝鮮人が通名として好んで使う文字の一つであり、おそらく創氏改名の日本名を名乗っている朝鮮人である。
 つまり、慰安婦の募集から慰安所の経営まで朝鮮人みずからが積極的に関与していた事に他ならない証拠である。
 インドネシアの場合-中京テレビ製作のドキュメンタリー番組では慰安所が朝鮮人経営者で有る事を隠して報道、番組の情報操作

 元従軍慰安婦とされる女性の証言。
 彼女は何者かに拉致されて慰安婦とされたらしく、字幕は「買い物から帰る途中で無理矢理連れ去られました。日本兵に車に乗せられたのです」となっている。ところが実際には彼女はこんな事は言っていないという。

 彼女の言ったことは「買い物から帰る途中で無理矢理連れ去られました。オランダの車、いや、日本の車に乗せられたのです」となるという。
 番組の字幕に出ていたような「日本兵」などという言葉は、どこにも出てこない。番組が勝手に書き加えたのである。女性の証言を忠実に検証するなら、「買い物の途中で、何者かに拉致されて車に乗せられた」という事しか言えないのに、番組は「日本兵が拉致したのだ」という勝手な解釈で全国番組で放送している。
 
 現在タンジュブリオクという所に住んでいる元慰安婦とされる女性の証言。
 番組の字幕を正確に翻訳すると「はい、いま私が一番つらい事はこうなんです。私は体を悪くしているのでゆっくりしゃべります。(戦争が終わって)散り散りになって帰るとき…あの朝鮮人は誰だったろう。全員いなくなってしまったんです。一銭も手元に残されませんでした。キップが残されただけでした。紙キレのお金、それをキップと言っていました」
「あの朝鮮人」というのは慰安所の経営者の事らしい。番組は経営者が朝鮮人だったということを隠し、わざとその部分を訳さなかったばかりか、勝手に「日本人」などという言葉を挿入して、あたかも日本人が慰安所を経営して、彼女たちを置き去りにしたというような大嘘を平気で放送したのだ。
 
 ビルマ米軍による朝鮮人慰安婦への聞き取り調査
 当時の朝鮮人慰安婦が親の借金を支払う為に売られていた決定的証拠。米軍の慰安婦への聞き取り調査。前金を貰って働いていた事がはっきり書かれています。だまされたとか言っているのは親が売ったから。そういうことです。

原文
http://www.exordio.com/1939-1945/codex/Documentos/report-49-USA-orig.html
日本語訳
http://www.geocities.com/theaterapo689/

UNITED STATES OFFICE OF WAR INFORMATION
Psychological Warfare Team
Attached to U.S.Army Forces India-Burma Theator
APO 689

Japanese Prisonerof War Interrogation
Report No. 49. Place interrogated : Ledo Stookade
Date Interrogated : Aug. 20 - Sept. 10, 1944
Date of Report : October 1, 1944
By : T/3 Alex Yorichi
Prisoners : 20 Korean Comfort Girls
Date of Capture : August 10, 1944
Date of Arrival : August 15, 1994
at Stookade

 このレポートはビルマ、ミーチーナ陥落後1944年8月10日前後の、掃討作戦により捕らえられた、20人の韓国人「慰安婦」と、2人の日本民間人の取調べから得られた、となっている。
 日本人がどのようにして韓国人「慰安婦」を募集したか、彼女らの生活、仕事の状況、彼女らの日本軍人に対する関係と反応、そして彼らの軍事情勢に対する理解度を明らかにするとしている。

「慰安婦」とは、売春婦にすぎない。もしくは「野営追随プロ」、軍人の利益の為日本陸軍に付属する。「慰安婦」と言う言葉は日本人特有のものである。他のレポートでは「慰安婦」とは日本陸軍が戦う為に不可欠なものであり、どこでも見受けられると記されている。このレポートではしかし、日本人に募集され、ビルマにて彼らの陸軍に付属していた韓国人「慰安婦」のみを扱うものである。日本人は1942年、ビルマに703名のこれらの女性(*1)を送ったと報告している。

*1(原文ではgilrs=主に少女を意味する言葉が使われているが、
    後に慰安婦の平均年齢25歳と書かれている為、女性と約しました。)

募集:
 1942年5月上旬、東南アジアの新しく勝ち得た属領で、「慰安奉仕」をさせる韓国人女性を募集する目的により、日本人代理業者は韓国に到着した。この「奉仕」の本質は特定されず、病院の負傷患者の訪問、包帯を巻いたり、軍人を明るくする事に関連する物と考えられた。
 この代理業者が動機として利用したものは大金、家族の借金の返済、簡単な仕事、新天地シンガポールで新しい人生を送れるなどである。この虚偽の説明に基づいて、多くの女性が海外勤務に志願し、何百円かの前金を受けた。

 これらの大部分の女性は無知で、教養が無かった。しかし、わずかながらだが以前から売春と関連があった者も居る。彼女らはサインした契約書により、家族の借金返済の為受けとった前金の金額により、6ヶ月から1年間、軍規と「舎監(*2)」に束縛された。

 おおよそ、800名の女性がこのように集められ、彼女らは1942年、8月20日前後ラングーンに彼女らの舎監と降り立った。彼女らは8人から22人のグループで到着した。ここから彼女らはビルマの各地、大抵は近くに日本陸軍基地があるまあまあ大きな町へに分散していった。最終的に4つのグループがミーチーナにたどり着いた。彼らはキョウエイ、キンスイ、バクシンロ、モモヤマであった。キョウエイの一家は「マルヤマクラブ」と呼ばれていた。が、彼女らがミーチーナに到着した後、ミーチーナ駐屯地の司令官であるマルヤマ大佐と同じ名前の為変更された。
*2(ほぼポン引きと同義語)

 性格:
 取調べでは、平均的韓国人「慰安婦」は約25歳、無教養、大人気なく、利己的であることを見せる。彼女は白人の基準からも、日本人の基準からも可愛くはない。彼女は自己中心的な傾向があり、自分の事を話すのが好きである。彼女の知らない人の前での態度は静かで、控えめだが、彼女は「男を手玉に取る方法を知っている。」(*3)
 彼女は自分の「専門職」が好きでない事を申し立て、その事や、家族の事に付いて話したがらない。ミーチーナとレドゥーでの米国軍人から捕虜として受けた扱いにより、彼女は彼らの方が日本軍人よりも感情的だと感じている。彼女は中国とインドの部隊を恐れている。

 住居と仕事の状況:
 ミーチーナで彼女らは大抵大きな2階建ての建物を宿舎として与えられ(大抵は校舎)、各女性に個別の部屋が割り当てられ、各々の女性は生活し、睡眠をとり、業務に勤めた。
 ミーチーナでは彼女らの食事は、日本陸軍からの配給が無い為、舎監によって、準備されそして購入していた。
 彼女らはビルマの他の所と比べて高級地近くに住んでいた。この事は彼らのビルマ2年目では特にそうである。彼女らは贅沢に暮らした、それは彼女らの食事や物質は大量には配給されず、彼女らが望む品物を買えるだけの十分なお金を持っていたからである。彼女らは服、靴、タバコ、そして化粧品を買え、実家から慰問袋を受け取った多くの軍人から、多くのプレゼントを貰っていた。

 ビルマに留まっている間は将兵と共に、スポーツイベントに参加したり、ピクニックに出席したり、娯楽、社交ディナー等で彼女ら自身楽しんだ。彼女らは蓄音機も持ち、町の中では買い物に行くことも許された。
 優先システム:
 彼女らの業務状態は陸軍規定の元にあり、過密地域では規則は厳格に実施された。
 陸軍は過密地域では金額、優先順位、各種の部隊が過密して働いてる地域での計画が必要だと考えた。取調べによると、平均的なシステムは以下の通り。
1 兵士     10AM〜5PM    1.50円   20〜30分
2 NGO      5PM〜9PM    3.00円   30〜40分
3 将校      9PM〜12PM   5.00円   30〜40分
 これらは中央ビルマでの平均金額である。将校は12円で一晩留まる事が許された。
 ミーチーナではマルヤマ大佐が平均金額のほぼ半分まで金額を削減させた。

 日程:
 兵士はしばしば建物内の混雑に不満を漏らした。
 陸軍は長居をする事に対し非常に厳しかった為、多くの状況で彼らは奉仕を受けずまま去らなければならなかった。この問題を解決する為に陸軍は特定の曜日を特定の部隊に割り当てた。大抵1日に付き、部隊から2人が兵士らを識別する為、建物に駐在した。
 秩序維持を為に、憲兵も見回りを勤めた。
 下記に記したものがナイミョウに滞在していた間、第18師団の各種部隊がキョウエイで使用した日程である。

日曜    18師団、司令部、所属
月曜    機甲部隊
火曜    工兵
水曜    休日、毎週の健康診断
木曜    衛生兵
金曜    山岳砲兵部隊
土曜    輸送部隊

 将校は週7日来る事が許されていた。
 彼女らはこの日程でも過密極まりなく、その為、全ての客に構っていられないと文句を言い、それ故多くの兵隊に悪感情をもたらした。
 兵士は建物を訪れ、支払いをし、左側に順番、右側に名前の書かれた約5センチ四方のボール紙のチケットを受け取る。「彼の順番が来た時」に各々の兵士の身分、階級が明らかにされる。彼女らは客を拒否する特権を与えられており、個人が酷く酔っていた時等、頻繁に行使された。

 給料と居住状況:
「舎監」は彼女達が契約した時に被った債務金額に次第で彼女らの総収入の50〜60%を受け取る。これによると、月平均で女性は1500円を総収益をあげ、彼女は750円を「マスター」に返済する事になる。多くの「マスター」は食事や品物に高値を付け、彼女らの生活を困難なものにした。

 1943年後半、陸軍は債務を返済した女性へ帰省を命令し、何人かの女性は寄って、韓国へと帰国した。
 この取調べでは彼女らの健康状態も良い事を示している。
 彼女らはあらゆる種類の避妊用具を十分に支給され、しばしば、兵士自身も陸軍から支給された物を持って来る事があった。彼女らは衛生の問題において客と自分の世話が出来る様、良く訓練されていた。
 かかりつけの日本軍医が週に1回訪れ、病気が見付かった女性は皆治療を受け、隔離され、最終的には病院へ送られた。この同じ手順が陸軍内部でも遂行された。が、興味深い事には兵士は彼が拘束された(*4)期間の間、給料を失う事は無かった。
 *4(病気による隔離、拘束)

 小野田寛郎「私が見た従軍慰安婦の正体」

 首相の靖国神社参拝や従軍慰安婦の問題は、全く理由のない他国からの言いがかりで、多くの方々が論じているところだ。
 南京大虐殺と同様多言を弄することもあるまいと感じていたのだが、未だに妄言・暴言が消え去らない馬鹿さ加減に呆れている。

 戦後六十年、大東亜戦争に出征し戦場に生きた者たちが少なくなりつつある現今、私は証言として、「慰安婦」は完全な「商行為」であったことを書き残そうと考えた。(中略)

「従軍慰安婦」なるものは存在せず、ただ戦場で「春を売る女性とそれを仕切る業者」が軍の弱みにつけ込んで利益率のいい仕事をしていたと言うだけのことである。
 こんなことで騒がれては、被害者はむしろ高い料金を払った兵士と軍の方ではないのか。
 「正論」一月号

 台湾の政府最高顧問の語る慰安婦の実態「強制連行なんて、なかった」
 許文龍(シー・ウンロン)
 奇美実業会長、台湾総統府資政(資政=最高顧問)。
 第2次世界大戦後、故郷の台湾・台南で、がん具・日用雑貨の製造を始め、1959年に現在董事長を務める奇美実業を設立。
 同社を家電や自動車部品の原料であるABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)樹脂で世界最大のメーカーに育て上げる。

『台湾論』 小林よしのり著 小学館 2000/11/01 231~232頁
 慰安婦問題が騒がれた時に、最初にそれは嘘だと言ったのは私でね。あまりにおかしな話なんで、私は調べたんですよ。
 慰安婦を集めて「ホントのところはどうなんだ?」と聞くと「強制連行なんて、そんな事はなかった」と言ってましたよ。事実、そんなことはありえないんですよ。

 日本でも東北の貧しい家に女の子が生まれたら、売って口減らしをしたんです。
 台湾でも同じですよ。12~13歳になったら売り出される、当時はそういう貧しい時代だった。

 日本軍は人権にも気を配っていたから、軍の慰安婦になれると言ったら、彼女たちにとっては大出世で・・・
 みんな、なりたがりこそすれ、そんな強制連行なんてことは考えられないんですよ。普通、売り飛ばされたら、まともにお金もピンはねで自分の懐には入ってこないし。病気になったら使い捨てで、その辺に放り出されて、それで終わりなんですよ。それが当然だった。

 それなのに軍の慰安婦になったら、きちんと収入は得られて貯金もできる。その上、衛生管理はきちんとしてもらえるし、言うことないんですよ。コンドームだって、普通の女郎屋では、そんなもの着けないんですよ。

 とにかくそんなことは、調べればすぐに分かる話であって、なんで日本では誰もきちんと調べて、そんなことはなかったという人が出てこないのか・・・
 謝るばかりで、どんどん話が大きくなっていってしまう。こういう事は、話が出た時点で、一刻も早く調べて決着をつけないとダメなんだ。

 許文龍の発言に対する反響とその後

 2001年2月7日、同書が台湾で出版されると、許文龍氏の発言が問題となり、マスコミからの批判が起きる。
 2001年2月25日、氏は記者会見を開くと、慰安婦を二度も時代の荒波にさらす結果になった事を謝罪する。
 しかし、氏は「慰安婦は父母に売られた婦女子だ」と改めて強制連行を否定。
 この記者会見と否定発言の内容は、中国紙「人民網日本語版」(2001年3月2日)でも取り上げられ、さらに批判される。

 他方、台湾の新聞・聯合報(28日付)

 屏東県里港郷に住む90歳の蘇嘉謨(元医師)さんは27日、 60年前に海南島に3ヵ月いた経験に基づき、「彼が知っている慰安婦は、多くが自主的なもので、許文龍氏の発言は部分的には正しい」と証言した。
 と、当時の慰安婦を知る医師の証言を記載し、許文龍の証言を支持。
 同日、台湾の高雄市にある医者と教授の団体「台湾南社」は、許文龍氏を応援する為、書店で『台湾論』を大量に購入する。

 なお、台湾で許文龍氏の発言に対する支持・批判の声が起きる中、日本のテロメディア・朝日新聞(2001年3月3日東京朝刊)は、許文龍氏は、『台湾論』に記載された自分の発言について「そんな発言はしていない」と主張したと、記者会見の内容と大きく異なる内容を報じた。

「朝日の捏造から始まった慰安婦問題」(H17.6.6)
http://www.youtube.com/watch?v=Q5TJZLisltU戦地売春婦(所謂従軍慰安婦)の実態
http://www.youtube.com/watch?v=5jOuVPbDMxY『 “従軍慰安婦は捏造だ” 』とソウル大教授が韓国のテレビ番組で発言
北海道から新鮮な海の幸を送料無料でお届けします
| 日記 |
Copyright (C) びくったちゃんの知っておいてね。. All Rights Reserved.
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。